それは、生命の存続がかかっているから。 ごく短期間でもたらした大きな変化について、ビル・マッキベンが語る。

イエス!マガジン掲載記事より(英語) 2016年2月15日寄稿

一般的には理解しがたい政治の世界を、物理法則は、一目瞭然にしてくれます。 「簡単」ではないけれど「シンプル」に、 物事を分かりやすくしてくれるのです。

政策とは、様々な妥協であることがほとんどです。 増税を取るのか、公共サービスのカットを取るのか。規制強化を取るのか、言論や行動の自由を取るのか。 何を優先しバランスを取るか、私たちは日々試行錯誤しています。 仕事帰りの一杯は大事だけれど、飲酒運転はダメ!というように。 両立し得ないものの間でバランスを取り、妥協点を探るため、皆が多少の不満を感じても、それが正しいし仕方ないと思いがちです。

しかし気候変動に関して言えば、問題の本質は、優先事項をめぐる集団同士の対立ではありません。 その根っこにあるのは、「産業界VS環境運動家」、または米国の「民主党VS共和党」という構図ではないのです。 これは本来は「人間VS物理法則」であり、妥協や譲歩が一切意味を持たないということです。 物理法則にロビー活動をしたところで、何の役にも立ちません。それはただ、その法則に従うだけなのですから。

この数字をご覧ください。 埋蔵が確認されている化石燃料の80%は、そのまま地中にとどめておかなければなりません。 そうしなかった場合。つまりもし、石炭・石油・天然ガスをこのまま採掘、燃焼し続けた場合、地球の物理システムに膨大な負担をかけ、科学者や各国政府が限度とした気温の上昇幅をはるかに越え、地球はますます温暖化の一途をたどることになってしまうと言われています。 これは、決して「そうすべきである」または「そうすることが賢明だ」という議論ではなく、 もっとシンプルに、「そうしなければならない」のです。

でも、私たちにはできます。 「化石燃料は、そのまま地中に」という発想が新しかった5年前。 当時はまだ、環境運動家が語る気候変動政策は、主に「需要削減」という側面に焦点が当てられていました。 例えば個人レベルでは、「電球を変えよう」、 政府レベルでは、「炭素の価格付け」といったものです。 これらの素晴らしいアイデアは、着実に社会に浸透しています(米国は、他国に比べ浸透度が遅めですが、これは他の問題でもよくあることです)。 十分な時間があれば、CO2排出量を徐々に、しかし確実に減らすことができるのですが、

一方で、私たちにはゆっくり削減する時間は残されていません。 昨年春、大気中のCO2濃度は400ppmにまで上昇しました。 また、2015年は過去の記録を破り、観測史上最も暑い年となりました。しかも”過去の記録”とは、2014年のものです。 ですから、私たちは需要側だけでなく供給側にも狙いを定め、気候変動という問題に取り組まなければなりません。 未採掘の化石燃料は、そのまま地中にとどめておかなければならないのです。

「化石燃料は、そのまま地中に」作戦。カギを握るのは、まさに「金=マネー」!

石炭・石油・天然ガスがもたらす利益の大部分は、世界各地のごく限定された地域の地中に密集しています。 例えば、北極圏には石油、カナダやベネズエラ、カスピ海にはタールサンド、そしてオーストラリア西部やインドネシア、中国、米国のパウダー川盆地には石炭の埋蔵が確認されています。東欧には、フラッキング(水圧破砕法)で採掘できるシェールガスがあり、 これらは全て「炭素爆弾」と呼ばれています。 「爆弾」が爆発した場合、つまりこれらの化石燃料が採掘および燃焼された場合、地球は壊滅的な被害を受けます。 「爆弾」ではなく、「金食い虫」と呼んでも良いかもしれません。 それも「大金食い虫」です。石炭・石油・天然ガスには、20兆億米ドル(およそ2,300兆円)もの価値があるとされています。 いや、それ以上かもしれません。

それ故に、その80%を地中にとどめておくことは、現実的に実現不可能だと言う人もいます。石油王や石炭王が、大量の埋蔵金をそのまま地中にとどめておくはずなどないからです。 もちろん、彼らが自主的に動くことは期待できません。 例えば、コーク兄弟のお話をしましょう。 カナダのタールサンド事業で、世界屈指の借地人である彼らが、2016年の「政治費」に予定している額は、およそ9億米ドル(1千億円超)にものぼり、米共和党や民主党の年間予算を上回ります。 もし、石油を地中にとどめておくということになれば・・・彼らの名は、世界の長者番付から消えてしまうでしょう。それくらい大きなダメージになるのです。

でも実は、目標達成に望みがないわけではありません。 ごく短期間のうちに、社会の流れは変わり始めています。

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「化石燃料は、そのまま地中に」キャンペーンの主旨をお分りいただけたなら、原油パイプライン「キーストーン」計画の白紙撤回を求める運動も、ご理解いただけるかと思います。 「たかがパイプラインひとつ」と評されましたが、撤回運動により、拡大を続けていたカナダのタールサンド事業は、突如、急速にそのスピードを落とすことになったのです。 投資家たちは、膨大な量の石油を市場に運ぶ手頃な手段がなくなったとして、石油価格が下落するよりも前に、この事業から数百ドル億規模の投資を引き上げました。 これまでのところ、カナダのタールサンドから抽出された原油は、わずか3%ほど。「爆弾」はまだ地中に残っていますが、パイプライン建設計画を白紙撤回に持ち込めば、その導火線を断ち切ることができます。

同様の作戦は、別の場所でも効果を上げています。 オーストラリアでは、クイーンズランドのガリリー盆地で進められていた世界最大の炭鉱開発計画に対し、先住民グループや気候科学者たちが計画撤回に向けて働きかけを行っています。 これらの活動によって開発計画が長期停滞している間に、別の運動家たちは、巨大炭鉱への融資を引き上げるよう、世界各国の銀行に求めました。 既に、2015年春までに世界の主要金融機関の大半が、大規模採掘への融資は行わないことを約束、同年夏には炭鉱会社が事務所を閉鎖し、職員の一時解雇を始めています。

企業活動によって地球が破壊されるのなら、私たちはその企業との関係を断ち切らねばなりません。

「化石燃料は、そのまま地中に」作戦。カギを握るのは、まさに「金=マネー」なのです。 2012年秋、350.org(私が共同設立した組織)の支援を受け、米国各地で学生や宗教界のリーダー、活動家などが、化石燃料からの投資撤退を求める「ダイベストメントキャンペーン」を開始し、その動きは瞬く間に、オーストラリアやニュージージランド、そしてヨーロッパへと広がりました。 キャンペーンの趣旨は、いたってシンプルです。 もし、石油大手のエクソンやシェブロン、ビーピー(BP)、そしてシェルが、今後も地球が耐えられる以上の炭素を採掘し、燃やし続けるのであれば、彼らは常識ある企業とは言えません!

企業活動によって地球が破壊されるのなら、私たちはその企業との関係を断ち切らねばなりません。

当初、この趣旨に賛同した団体はほんのわずかでした。 最初の一歩を踏み出したのは、米国メイン州の小規模校ユニティ大学です。同大学は、化石燃料関連企業の株1,300万米ドル(およそ15億円)を売却しました。 しかしその後、気候変動をめぐる明確な数値や、反論しようのない物理法則を前に、ダイベストメントキャンペーンは急ピッチで広がりました。 スタンフォード大学やオクスフォード大学、そしてシドニー大学からエディンバラ大学まで。若者たちの学び舎である大学が、一方で彼らの暮らす地球環境を破壊するのは理不尽であるとの考えから、今ではこれらの大学もダイベストメントキャンペーンに参加しています。 各国の医師会も、同様の対応を打ち出しました。地球を破壊する企業に投資しながら、人々の健康に関心を示すふりはできないと考えたのです。 キリスト連合教会やユニテリアン教会、そして英国国教会や米国聖公会も同様で、「創造物を慈しむ心は、このような破壊行為とは相容れない」と。

とはいっても、政治家たちは、これまでずっと石油企業の言いなりであったため、この闘いは、依然厳しいままです。

投資撤退の取り組みは、企業に直接打撃を与えています。2014年、石炭大手ピーボディは、ダイベストメントキャンペーンが同社の株価に影響を及ぼし、資金調達が困難に陥ったことを、株主に公表しました。 しかし何よりも、これらのキャンペーンは炭素を地中にとどめておくことの必要性を、地域の本当に小さな市民組織から世界へと浸透させたのです。 ロックフェラー兄弟財団が化石燃料関連企業株の売却を始めたと同時に、ドイツ銀行や世界銀行、国際通貨基金(IMF)も同じ道を歩み始めました。 そして、ロックフェラー兄弟財団による投資撤退表明の一ヶ月後、イングランド銀行は、埋蔵されている炭素資源の「大半」は「燃焼不可」であり、巨大な「座礁資産」となる恐れがあると警告しました。 この「炭素バブル」を切り抜けることを目標に、これらの巨大基金は投資撤退を始めたのです。 例えば、カリフォルニア州職員退職年金基金は、事態を把握する前に50億米ドル(約5,700億円)もの損失を被り、その後、化石燃料関連企業株の売却を始めました。

とはいっても、政治家たちは、これまでずっと石油企業の言いなりであったため、この闘いは、依然厳しいままです。 現に、歴史的に重要な「パリ協定」成立のわずか数日後、オバマ政権および米議会は、40年に及ぶ原油の輸出禁止を撤廃したのです。 それはまるで、石油産業が本当に心待ちにしていた”プレゼント”の様でした。 もちろん私たちの活動は前進しています!が、スピードはとてもゆっくりです。(例えば、ヒラリー・クリントン氏が北極圏での石油掘削に反対を表明したのは、なかなかの進展でした。)

そこでこの春、気候ムーブメントは再び結集します!化石燃料の採掘事業を減速させるために、そして何よりも、埋蔵資源の眠る広大なへき地に光を照らすために、できる限り多くの「炭素爆弾」に向かい、巨大な非暴力の抵抗を展開するのです。 抵抗運動のリーダーは、いつも通り最前線、つまり採掘現場付近に暮らす住民たちですが、 他にも、現場まで駆けつける人もいるでしょうし、化石燃料を地中にとどめておくことの必要性を訴えるため、大使館や銀行前に集まる市民もいるでしょう。 生命を危険にさらすのは誰か、大使館や銀行などに印象づけることができれば、キャンペーンの成功率は格段に上がるのです。

化石燃料に代わるエネルギーは、日に日に値下がりし続けています。

それでもまだ「そんなに上手くいくわけがない」と思われるなら、熱帯雨林が地球の存続に不可欠であることを世界中の科学者たちが突き止めた1980年代、アマゾン熱帯雨林に何が起きたかということを考えてみてください。 多くの人々の予想を裏切り、ブラジル政府は森林破壊を減速させる対策をとったのです。 その対策は完全な成功には及ばずとも、地上に樹木をとどめたのです。まるで、今問題になっている石油を地中にとどめておくのと同じように。

さらに、ブラジルにはなかった有利な点が2つ、私たちにはあります。 まずひとつは、ブラジルは貧しい国でした。 大型「炭素爆弾」の大半は、カナダや米国、オーストラリアなどの富裕国に眠っています。経済的に、そのまま眠らせておくことはできるはずです。

さらに重要な点は、どうやらこの闘いは永遠に続くことはなさそうだ、ということです。 化石燃料に代わるエネルギー価格は、日に日に下がり続けているからです。 例えばこの6年間で、太陽光パネルは70%も値下がりしました。 これは炭化水素で大もうけする重鎮たちにとって、これは極めて重大な脅威となっており、 数年以内に新たなインフラを整備しなければならないことを、彼らは知っているはずです。 パイプラインの建設や炭鉱開発にこぎ着けることができれば、今後4、50年間、彼らは安価な石炭を手にし、価格競争にも参加(そして地球を破壊することも)できるでしょう。 それができない場合。つまりこの数年以内に、建設や開発計画を遅らせることができれば、自然エネルギーの道へ進まざるを得ない状況をつくり出すことができるのです。

ただ、時間内に私たちがこの闘いに勝ち抜くことができるのかどうか、まだ分かりません。 これまでにもたらされた損失に関する大量の科学的データを見ると、自信を失います。 けれど、今この瞬間も、世界各地で人々が闘いの最中にあることも知っています。 そして最も大切なことは、実は一番シンプルなのです。 石炭・石油・天然ガスを地中にとどめておくことは、現実的にも可能であり義務です。私たちはこの目標をきっと達成できるでしょう!

 

billビル・マッキベン執筆記事。イエス!マガジン2016年春号Life After Oil(石油後の世界)」 より。 ビル・マッキベンは、イエス!マガジンの 寄稿編集者。 米バーモント州のミドルベリー大学環境学の客員研究員、350.org設立者、またライト・ライブリフッド賞の受賞者でもある。