米誌アトランティック掲載

 

この10年間、気候変動をめぐる議論は、さまざまな研究や主張、意欲的な目標などと共に、政治的な側面から語られることがほとんどでした。 けれど、大量のデータや国際的な取り組みによって、今やこれは投資家に向けらるべき議論として見直す必要があるという、意義深い変化が起きています。

世界各国の政府や産業が低炭素経済に向けて大きく舵を切る今、投資家もまた、化石燃料が大半を占めるエネルギー産業に成長を期待することはできなくなってきています。

そこで、疑問が浮かび上がります。 これまでの前提が大きく崩れた今、投資家は新たな前提に基づき、投資のチャンスを追求すべきなのでしょうか?

気候変動に対する意識の高まり

人間の活動によって引き起こされた気候変動が、環境や社会に重大な影響をもたらし、この時代を生きる私たちに最大の難題を突きつけていることを、多くの専門家が指摘しています。1

過去150年間で、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は40%も上昇2し、また、増加の一途をたどる温室効果ガス(GHGs)から吸収された熱により、1880年以来、海面はおよそ20cmも上昇しているのです。 米航空宇宙局(NASA)の衛星画像は、近年この現象がさらに加速していることを示しています。このままだと、2100年までに海面は30cmから120cmにまで上昇する恐れがあり、それによって世界の主要15都市のうち11都市が危機的状況に追い込まれることになります。3

経済成長と世界の安定には天然資源が不可欠ですが、 気候が急速に変化しつつある今、世界は食糧、水、エネルギー不足という大きなリスクにさらされています。

気候変動というこの脅威を、今や各国政府や企業、そして投資家も真剣に受け止めるようになりました。この機運を生み出したのは、2015年12月に開催された国連気候変動パリ会議(COP21)です。 パリ会議では、2週間にわたる激しい国際交渉の結果、先進国と途上国が共に合意に達するという、史上初の外交成果が成し遂げられると同時に、温暖化防止に向けたさらなるアクションが約束されたのです。

投資家にとっての気候変動

米国経済には、すでに気候変動の影響が現れ始めています。 今後20年間、気候変動が持つ物理的または政策的な意味合いは、今後の米国のビジネス界をますます左右するようになり、またエネルギーや農業、沿岸部の不動産、インフラ全般などの分野においても、投資の判断基準になっていくと予想されています。4そして、気候変動によるこれらの影響は、世界規模で企業利益や政府予算を決定づけると同時に、市場にも長期的な波及効果をもたらすことになるでしょう。

化石燃料への投資撤退 脱化石燃料を象徴する行為か、または健全な投資戦略か?

化石燃料関連企業への投資を引き上げる、「ダイベストメント」という手段。これは、温暖化防止に向けたさまざまな戦略の一つであり、どの投資家もこれを実行することができます。 現実的な手段ではないとして、この戦略を支持しない投資家も大勢いますが、最近では350.orgや大学組織などの環境団体がこの戦略を広く提唱してきたおかげで、ダイベストメントに対してメディアや世論の注目が集まるようになりました。

化石燃料ゼロ運動の目標は、組織や個人に働きかけ、化石燃料関連企業の株や債券、投資などを売却させること、つまり化石燃料への投資を撤退させること(ダイベストメント)です。 ダイベストメントの提唱者は、「化石燃料関連の資産は環境上問題があるだけでなく、リスクが高く価値を失う恐れがあるため、経済的にもマイナスだ」と指摘しています。 現段階で、ダイベストメントを実行すると表明した投資家の資産総額は、 3兆4千億米ドルにものぼります。

投資戦略としてのダイベストメントの実績は、評価の分かれるところですが、さまざまな社会問題に対して規制措置を講じるよう求める、世論の圧力を高めてきたのは確かです。

1980年代から90年代初めにかけて、喫煙による健康被害が明らかになると、タバコの有害性を訴える公衆衛生キャンペーンが世界規模で広がり、大学や年金基金は、タバコ会社への投資を引き上げました。結果、同産業に対し、厳しい規制が課されるようになったのです。 他にも、米国各地の大学では、南アフリカのアパルトヘイト政策に対する学生たちによる抗議運動が繰り広げられ、南ア企業からのダイベストメントを訴える反アパルトヘイト運動はいっそう高まりました。 1988年までに、155の機関が南アフリカから正味239億米ドルの資産を引き上げ、米国政府による経済制裁を強化することになったのです。 しかし、何よりもダイベストメント運動の注目すべき点は、“ポートフォリオの化石燃料リスクにどう向き合うべきか?”という健全な議論が、投資家の間で交わされるようになったということです。

今の段階では、世界経済は化石燃料に大きく依存しているため、脱化石燃料や既存の化石燃料インフラの撤廃を、近い将来に実行することは不可能かもしれません。

とは言ったものの、金融大手モルガン・スタンレーが設立した持続可能な投資研究所(Institute for Sustainable Investing )の報告書に示されている通り、ビジネス界や投資家、経済全般の傾向としては、低炭素エネルギーへの移行が進められているようです。

リスクとチャンス

2004年から2014年にかけて、再生可能エネルギーへの投資額は450億米ドルから2,700億米ドル以上にまで拡大しました。 同時期、再生可能エネルギーは、世界の新規発電容量の48%を占めるようになり、結果、再エネ発電が世界に占める割合は9%を超え、投資家にとってもチャンスとなったのです。5

一方、化石燃料関連の資産がリスクにさらされていることについて、何もせずにいることで生じるリスクもあります。

上述のモルガン・スタンレー研究所の報告書は、環境リスク要因が化石燃料関連の資産を座礁させ、それによって評価損や評価切り下げ、負債への転換など、予期せぬリスクに投資家がさらされる恐れがあると指摘しています。

気候リスクと座礁資産

環境リスク要因は、さまざまな分野において資産を座礁させ、結果、予期せぬ評価損や評価切り下げ、負債への転換を生じさせたり、その時期を早めさせたりする恐れがあります。 オクスフォード大学の「座礁資産プログラム」によると、これらのリスク要因には以下の内容が含まれます。


  • 気候変動や自然資本の損失に関連する環境問題
  • シェールガスなど、景観資源を変える開発
  • 炭素価格付けなど、政府が打ち出す新たな規制
  • 太陽光発電や洋上の風力発電、電気自動車をはじめとする、クリーン技術コストの下落
  • 化石燃料からの投資撤退(ダイベストメント)運動など、社会規範の変化
  • 「炭素債務」などに関わる訴訟
化石燃料がどの程度「座礁資産」になるかは、どのような政策や規制が打ち出されるかによります。 産業革命前と比較し、地球の気温上昇を2℃未満に抑えようとするのなら、世界が排出できるCO2の量、すなわち「炭素予算」の上限は1,000ギガトンだと、専門家は見積もっています。 気候変動による被害を食い止めるためには、「炭素予算(許容される累積排出量)」を導入する必要があり、また排出量の上限については、パリ会議で各国政府も合意しているのです。 最新の予測によると、拘束力のあるパリ協定の約束を守るためには、現在確認されている化石燃料埋蔵量の80%はそのまま地中に残しておかなければならないそうです。 ということは、化石燃料関連企業やその投資家は、これらの埋蔵量が経済的価値を一部または全て失う危機にさらされることになるのです。

ポートフォリオ戦略を立てる

気候アクションに関心を持ち、収益を上げながら環境にもポジティブな影響を与えたいと願う投資家には、今日、さまざまな選択肢があります。 これらの選択肢には、投資アプローチや投資ツール、投資報告などが含まれ、全部または一部のポートフォリオに適応したり、ポートフォリオとは別に使用したりすることができます。 モルガン・スタンレーが導入した「気候変動と化石燃料を意識した投資枠組み(Climate Change and Fossil Fuel Aware Investing Framework)」では、化石燃料生産に携わる企業への投資を減らすことから、株主行動による積極的な働きかけに至るまで、以下の投資アプローチが提案されています。

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化石燃料に焦点を当てたポートフォリオ構築に関心のある投資家のほとんどは、モルガン・スタンレーが提示するロードマップの4つの手順に従い、現在保有するポートフォリオを評価すると共に、この枠組みを適応させることができます。

  1. 算定する:化石燃料企業や膨大な炭素埋蔵量を保有する企業の株や債券が、あなたのポートフォリオにどの程度含まれているか、つまり「自分の所有資産」について知る。
  2. 評価する:どのような投資アプローチが実行可能かを見極める。例えば、非流動性資産や合同運用ファンドなど、オプションの実行を制限し得る要因を考慮する。
  3. 決定する:気候変動と化石燃料をどの程度意識した投資を目指すのか検討した上、その目標を投資戦略に反映させる。
  • 実施する:個人投資家の場合は投資計画という形を、また、機関投資家の場合は投資方針の声明という形をとることができる。 この段階で、投資家は「何を優先するか」について、またリスク許容度や収益の目標、目標達成に向けたタイムラインを明確にし、正式に決定することができる。

気候変動と化石燃料がもたらす影響を意識しながら、利益目標を達成するという、長期的な投資計画を策定することが最終目標です。

モルガン・スタンレーの投資顧問やプライベート・ウェルス・アドバイザー、機関向けコンサルタントのサポートを受け、投資家はポートフォリオに気候変動や化石燃料と関連のある企業の株や債券がどの程度含まれているかを認識し、資源効率の良い経済を築くための投資へと移行させる一歩を踏み出すことができます。

本文は、モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメントの入門書である「気候変動と化石燃料を意識した投資: リスクとチャンス、投資家のためのロードマップ」から抜粋し編集したものです。 投資にインパクトをもたせることについて、詳しく知りたい方は、モルガン・スタンレーの投資顧問にご連絡ください。

  • http://www.jamespowell.org/index.html
  • http://www.worldviewofglobalwarming.org/pages/paleoclimate.php
  • http://nca2014.globalchange.gov/report/our-changing-climate/sea-level-rise
  • 4 Risky Business — The Economic Risks of Climate Change to the United States(リスクを伴うビジネス ー 気候変動が米国にもたらす経済リスク)。こちらからご覧いただけます:http://riskybusiness.org/index.php?p=reports/national-report/executive-summary
  • 5 UNEP(国連環境計画)/BNEF(ブルームバーグ・ニュー・エネジー・ファイナンス)。こちらからご覧いただけます:http://apps.unep.org/publications/pmtdocuments/-Global_trends_in_renewable_energy_investment_2015-201515028nefvisual8-mediumres.pdf.pdf